「国宝」展(京都国立博物館)に行ってきた。2回目。4期の展示替えを経ながら開催されているⅢ期に行ってきた。Ⅲ期は11月12日まで開催中。
Ⅲ期の目玉というか、人気は、「金印」のようで閉館間際まで行列だった。あの歴史の教科書で「漢委奴国王」で有名な。ハンコの良し悪しは正直言ってわからない。見てもやっぱりよくわからなくて、ただ弥生時代のものだけどほんとに金ぴかに輝いていて古さを感じさせないところは、金ってすごいな、と驚いた。
おもしろかったのは絵画で、主に「花鳥図襖」狩野永徳筆(16世紀)と「松林図屏風」長谷川等伯筆(16世紀)。
おなじ部屋ではないけれど、すぐ近くに展示してあって、かなり違うことをやっている絵なので差も含めて印象に残った。
「花鳥図襖」は、すごく上手く視線の誘導を促す。とても日本風なのにこれ見てて思い出したのはディズニー映画。
この絵をパッと見たときに、まず目が行くのが2匹の鳥。かわいらしい。その鳥から始まって、どんどん視線が動かされていく。少し絵に近づく、鳥が左の方を見てるからそっちの方へいく、何かの木の大木。その枝を追っていくと枝が下の方にまでぐいと垂れ下がって行き、そこで小川の水と衝突している。「あ」と少し驚いて、でも薄墨にで描かれていたそのあたりから左にまた濃い墨で枝が続いていてそちらに目が行く。枝は水にぼちょんとつかりきっているのではなく、曲げた肘だけを水にさらすように小川の水に洗われていた。枝は今度は左側へ斜め上向きに細くなりながら上がっていって、視線は空中に放たれる。少しぼんやりさまようけれど、空中でまた鳥を見つけ、その鳥の目線の先、左側へ誘導される。そのあたりで絵が終わる。
展示は一六面のうち四面とのことなので、この先何があって、この前何があったのかわからない。でもこれを見たときの体験としてこんな感じ。(思い出して書いてるので細部違うかもしれない。)
ディズニー映画と何が似てるかと思ったのかと言えば、多分一つには鳥の擬人化した感じ。鳥のかわいらしさというのが、本当の鳥というよりキャラっぽいかわいさ。そして、その鳥が自分を誘導していくというのも、ディズニー映画(最近のは見てないけど、子供の時に見た「眠れる森の美女」とか)であったなと思い出す。
ほんとに、これだけ迷いなく目を導いてくれることにびっくりする。
「松林図屏風」は全然違う絵で、全然こんなふうにはならない。
ちなみにどちらも襖だったり屏風だったりの大きな絵。「花鳥図襖」のほうは、全体をちょっと離れて見てその後、近づきたくなる絵(多分細部の描写がしっかりしてるから)なのにたいして、「松林図屏風」は離れたくなる、例え一旦近づいてみたとしても離れたくなる。
こっちは、雰囲気が描かれたというかんじで、細部の細かい描写はない。少し離れて松林を見て、霧でもかかっているのか、さほど多くの松は見えない、それでも近いものは少しはっきりと、そんなに遠いわけではないがそれよりは遠いものは薄く見える。風景というもの、全体を見ているという感じを、描いているのだと思う。
「松林図」がすごいなと思うのは、離れて見たくなる絵を描いたということで、それは絵自体は近づかないと描けないはずなのに、離れたときにすごい絵だと思わせられるように描くことができたということだ。
どうやって描いたの、って思って近づいてみるけど、細部を細かく描く描き方とは違うから、よくわからない。筆使い自体は荒っぽかったりする。まあ、本当にいまのところよくわからない。
で、だから何、と言われると困るのだけど、おもしろかった。
見たら分かることしか書いてない。
こんだけ違うことができるんかって、『「この絵」と「この絵」は全然違う』ってあたりまえすぎてふつう言わない気がするけど、そう思った。それぞれの絵に作者が描きたいと思ったこと(こうしようとおもったこと)がしっかりと描かれているからだと思う。
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