描き終わりそうなときに、書いてみる。

2019年12月19日木曜日

絵画

きっともうすぐ長いこと描いてきた作品が完成する。東京に行ったときに、もうすぐ描き始められると言ってた。コンセプトが実際の絵の形になるのに、結構な時間がかかる。それが、ちょうど2年前の12月だ。新の妊娠がわかる少し前だ。絵の形が見えるまでの2−3年前。東京に行った2−3年前に、写真が届いた。その2−3ヶ月前に、写真を撮ってくれるように協力を依頼していた。

そのあたりで止まってみてもいい。よくそんな依頼をしたもんだと思う。この絵にどれだけの時間がかかるか想像できたら、依頼できなかったかもしれない。それから数年経った今は、それだけかかるとわかっていても、描きたけりゃ依頼する。

写真の依頼をする1−2年前、なんとか1枚の絵を完成した。その絵を今から数年前、見ることがあった。それも、確か2年前の12月だ。新の妊娠がわかるほんの少し前だった気がする。その絵は、松井さんにあげたから。何年ぶりかに見た絵は結構面白くて、自分でもよく描いたなと思った。なかなか、いいじゃないかと嬉しかった。自分の過去の絵を見るのは好きだ。描いている最中は、一番厳しい。些細なことまで神経が行き届いて、もっともっとと思い続ける。何年か経つとそこまでの厳しさがなくなっているのか、ちょっと違った気分だ。

自分にとって描くことは記憶だ、と言っていたときがある。昔話だ。自分の絵を見ると、思い出すことがたくさんある。その絵で表現したいこととはまた別のことが思い出される。それは、だから絵を単に見た人が持ちようもない感想だと思っていたけれど、全くもってそういうわけでもないのかもしれないと、少し思うようになった。