これはよく聞くあれではないか。

2019年12月20日金曜日

絵画

あれ、漫画とか小説とかでかき進んでいくと、キャラクターが勝手に生き生きと動き出すという話。

漫画も小説もかいていない。絵。一枚もの。

随分長いこと描いているので、描き進んだ感は十分にある。キャラクターは勝手に動き出さない。何が勝手に決まっていくかというと、その場面上にあるものを、あるこれを描こうと思ったらもうこういう風に描くことになるということがほとんど自動的に決まる。最初のうちは手探りが強かったものがもう、これしかないでしょという狭い隙間をするっとその形に与えるような感覚を随分はっきりと持つようになった。その時、これってあれじゃないのって。

で、「生き生きと」なんて言うもんだから結構いい感覚なのかなと思ってたけど、そうでもなくて、だからこれってあれって言ってもいいのだろうかという迷いが生じる。

そうでもないというのは、決まっているという感じがちょっとつまんない。そのたびに、一拍二拍おいて、それでいいのかなーってなんかそうしてたくなる。そうしないと不安になる。まあでも、考えてみたところで、その狭い隙間を超えていくような選択肢はどうやらこの絵にはないのだ。ここでやはり一拍二拍おいていやいやどうかなと思いながら描く。

もうほとんど終わっている、細部に甘んじたら、後悔する。後悔するというか実のところ先に進めない。

今日も結局これでいいと思ったある面を数時間かけて塗り直していた。こんなことは絶対に自分以外の見る人にとっては意味をなさないと思うことと、自分にとってはこれをやらないと完成できないというところは、無関係ではないと思う。結局それは意味をなすというか。なんか変な感じというか、他人の見る人にとって言葉で的確に表現できないことはたくさんあるけど、だからと言って何かを感じてないってことはほとんどないんだよね。この自分の無駄なんではないかと思う違和感が、なんらかの形で影響してしまう。自分としては、その無駄なんではないかという違和感を違和感からもうちょっと意識化していったほうがいい。

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文章筋トレ15分。