「絵画の愉しみ、画家のたくらみー日本近代絵画との出会い」(京都文化博物館)に行った。
チラシを読むと「正直、展覧会に行っても、どうやって絵を見たらいいのか、わからない、興味がないわけではないけど、ちょっと億劫に感じてしまう。そんな方にも、絵画を愉しむコツをお伝えしたい」というのが、展示の目的と書いてある。億劫どころか、こんだけバンバン展覧会に行ってしまう人が行ってどうなるんだろうか、これは行かないでいいかな、と最初少し思ったけど、岸田劉生の麗子見たさに行くことに決めた。
楽しかった。
「愉しむコツ」として、何をお勧めしてるかというと、大きくは3つある。
一つ目は、よく見ること、ただ見ると言ってもわからないときは作品を比べてみる。
二つ目は、欲しい作品はどれかなと、お気に入りを1点選ぶこと、
三つ目は、全部じっくり見ると疲れるので、全体はざっとにして特に気に入った作品をしっかり見るくらいでいいということ。
(以上は、ざっくりまとめたもので、原文はは上記サイトリンクからダウンロードできる出品目録に書いてある。)
一つ目の後半、作品を比べるということには抵抗があって、展示で2-3点を比較するように並べてある作品の比較が上手くいってないなと思うことが何度かあったからだった。その時は、比較なしに絵がわかってしまうような感じだったので、その比較の方向性も違うし、むしろその比較は解釈が間違っていると思ってしまった。
それでも、お勧めしてるしと思ってやってみると今回はおもしろかった。日本の絵画はどちらかというと見慣れないんやけど、おなじものを描いた絵でも(例えば鯉を描いたものが3点並べてあった)やろうとしていることが違ってくる。それがどう違うのかというところで「画家のたくらみ」が見えてくる。
「画家のたくらみ」というとちょっとキャッチ―で、まさにだから展覧会タイトルなんだろうけど、もっと自分が普段使うことばでいうと「その人がなにをやろうとしていたか」ということで、その辺が見えてくるのは面白い。この展示のようにわかりやすく2-3点の絵を並べて比較して見えてくるものもあるし、多分たくさんの絵を見ていけば、わかりやすい比較の形をとらず見た経験からわかってしまうということが起こってくるんだと思う。
よく見る、というところでもう一つ言うと、それぞれの絵のキャプションに添えられている説明文が面白い。全部読んだわけじゃないけど、「あそこに○○が描いてあるね」「△△な感じがするね」という、絵だけを見てわかることがメインになっている。だから、読んでいると「そこには目を向けなかったけどたしかに○○があるな。なんでだろう。」とか「うちは△△な感じはしないよ、どちらかといえば××だよ」とか、ちょっと誰かと話しながらみるようなことができるのも面白かった。
大概、説明文といえば絵を見てもわからない情報(歴史や作家の背景)を足している印象だった。古いもの、外国のものなどはそういう傾向にならざるをえないのかもしれない。今回は日本のそれも昭和に書かれた作品が多く、地理的にも時間的にも遠くない絵画なので説明は少なめでよかったのかもしれないけど、それでも大胆に省いた印象があって、それは絵そのものに目をむけることに繋がっていると思う。
3つ目の、気に入った作品だけをじっくり見るというのは、なるほどと思った。この3つ目のコツ、ほとんど展示を見終わってから読んだんやけど、ヘトヘトになっていた。別に疲れてもいいんやけど、90点近くある全部の作品をちゃんと見るのは本当に難しい。展示の流れを見てわかっていくこともあるから、全部ざっとは見た方がいいと思うけれど、気に入ったの数点10分でも20分でももっとでも、見るのはいいなと思う。さほど気に入らない作品でもそんだけ見てしまえば面白くなることもきっとある。
今回もよくわからないからと割と長時間眺めてた油彩があった。絵の具の乗せ方がカサカサな感じになのでなんでこんなことするんだろうと、じっと見てると描いていった順番が予想してたのと全然違って、へぇこんなことする人いるんだ、なんでー、と楽しくなった。だからといってすごく腑に落ちたりは全然なく、今回は言葉になるのはそれくらい。もっとわかればそれはそれで嬉しいけど、そうならなかったので仕方ない。
お気に入りの1点は、迷うけど、「風景」青木繁作。
一応、木とか森とか描いてるけど、どっちかってなんにもないってことを思わされる。このなんとなくのスペースで例えば子供が遊んでたりすると普通なんだけど、スペースが描いてある。満ちていなくて、なんじゃこりゃって、どきっとするというか、なんというか。
チラシを読むと「正直、展覧会に行っても、どうやって絵を見たらいいのか、わからない、興味がないわけではないけど、ちょっと億劫に感じてしまう。そんな方にも、絵画を愉しむコツをお伝えしたい」というのが、展示の目的と書いてある。億劫どころか、こんだけバンバン展覧会に行ってしまう人が行ってどうなるんだろうか、これは行かないでいいかな、と最初少し思ったけど、岸田劉生の麗子見たさに行くことに決めた。
楽しかった。
「愉しむコツ」として、何をお勧めしてるかというと、大きくは3つある。
一つ目は、よく見ること、ただ見ると言ってもわからないときは作品を比べてみる。
二つ目は、欲しい作品はどれかなと、お気に入りを1点選ぶこと、
三つ目は、全部じっくり見ると疲れるので、全体はざっとにして特に気に入った作品をしっかり見るくらいでいいということ。
(以上は、ざっくりまとめたもので、原文はは上記サイトリンクからダウンロードできる出品目録に書いてある。)
一つ目の後半、作品を比べるということには抵抗があって、展示で2-3点を比較するように並べてある作品の比較が上手くいってないなと思うことが何度かあったからだった。その時は、比較なしに絵がわかってしまうような感じだったので、その比較の方向性も違うし、むしろその比較は解釈が間違っていると思ってしまった。
それでも、お勧めしてるしと思ってやってみると今回はおもしろかった。日本の絵画はどちらかというと見慣れないんやけど、おなじものを描いた絵でも(例えば鯉を描いたものが3点並べてあった)やろうとしていることが違ってくる。それがどう違うのかというところで「画家のたくらみ」が見えてくる。
「画家のたくらみ」というとちょっとキャッチ―で、まさにだから展覧会タイトルなんだろうけど、もっと自分が普段使うことばでいうと「その人がなにをやろうとしていたか」ということで、その辺が見えてくるのは面白い。この展示のようにわかりやすく2-3点の絵を並べて比較して見えてくるものもあるし、多分たくさんの絵を見ていけば、わかりやすい比較の形をとらず見た経験からわかってしまうということが起こってくるんだと思う。
よく見る、というところでもう一つ言うと、それぞれの絵のキャプションに添えられている説明文が面白い。全部読んだわけじゃないけど、「あそこに○○が描いてあるね」「△△な感じがするね」という、絵だけを見てわかることがメインになっている。だから、読んでいると「そこには目を向けなかったけどたしかに○○があるな。なんでだろう。」とか「うちは△△な感じはしないよ、どちらかといえば××だよ」とか、ちょっと誰かと話しながらみるようなことができるのも面白かった。
大概、説明文といえば絵を見てもわからない情報(歴史や作家の背景)を足している印象だった。古いもの、外国のものなどはそういう傾向にならざるをえないのかもしれない。今回は日本のそれも昭和に書かれた作品が多く、地理的にも時間的にも遠くない絵画なので説明は少なめでよかったのかもしれないけど、それでも大胆に省いた印象があって、それは絵そのものに目をむけることに繋がっていると思う。
3つ目の、気に入った作品だけをじっくり見るというのは、なるほどと思った。この3つ目のコツ、ほとんど展示を見終わってから読んだんやけど、ヘトヘトになっていた。別に疲れてもいいんやけど、90点近くある全部の作品をちゃんと見るのは本当に難しい。展示の流れを見てわかっていくこともあるから、全部ざっとは見た方がいいと思うけれど、気に入ったの数点10分でも20分でももっとでも、見るのはいいなと思う。さほど気に入らない作品でもそんだけ見てしまえば面白くなることもきっとある。
今回もよくわからないからと割と長時間眺めてた油彩があった。絵の具の乗せ方がカサカサな感じになのでなんでこんなことするんだろうと、じっと見てると描いていった順番が予想してたのと全然違って、へぇこんなことする人いるんだ、なんでー、と楽しくなった。だからといってすごく腑に落ちたりは全然なく、今回は言葉になるのはそれくらい。もっとわかればそれはそれで嬉しいけど、そうならなかったので仕方ない。
お気に入りの1点は、迷うけど、「風景」青木繁作。
一応、木とか森とか描いてるけど、どっちかってなんにもないってことを思わされる。このなんとなくのスペースで例えば子供が遊んでたりすると普通なんだけど、スペースが描いてある。満ちていなくて、なんじゃこりゃって、どきっとするというか、なんというか。
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